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東京高等裁判所 昭和33年(ラ)142号 決定

抗告人 増田恒雄

相手方 国

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消す。相手方が申立人に対し昭和三十年九月十九日附でなした解雇の意思表示の効力を停止する。相手方は申立人に対し昭和三十年九月二十日以降月額一万一千百八十円を毎翌月十日仮に支払え。申立費用は相手方の負担とする。」との裁判を求め、その理由として、別紙「申立の理由」と題する書面のとおり主張した。

よつて判断するに「抗告人は、昭和二十八年五月十六日相手方に雇傭され、米駐留軍横浜技術廠相模本廠に事務員として入職し、続いて同二十九年一月二十日頃より同本廠内記録作成部国際統計機械職場に運転工として勤務していたところ、昭和二十九年十二月十九日附で相模原渉外労務管理事務所長名義で同十一月十九日に遡及する出勤停止の処分をうけ、更に、同三十年九月十九日附で同管理事務所長名義で解雇された。」(以上仮処分命令申請書、申請の理由、一、(申請人に対する解雇)と題する部分)は、当事者間に争のないところである。

しかして、疎乙第三号証によれば、相模原渉外労務管理事務所長が抗告人になした昭和三十年九月十九日附解雇通知が、昭和二十六年六月二十三日締結された「日本人及びその他の日本国在住者の役務に対する基本契約」(以下「基本契約」と略称する。)の附属協定第六九号として昭和二十九年二月二日締結せられた協定(以下「保安解雇協定」と略称する。)に基いてなされたものであると認められる。なお(疎乙第二号証の一、二、同第四号証、菊池水雄に対する審尋調書によれば、抗告人に対する右解雇は、「保安解雇協定」第一条(a)項(2) 又は(3) の基準、すなわち、(2) アメリカ合衆国側の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続し、且つ反覆して採用し、若しくは支持する破壊的団体又は会の構成員であること(3) 「妨害行為(サボタージュ)ちよう報行為、軍機保護に関する諸規則の違反又はそれらのための企画若しくは準備をなすこと」に従事する者、又は(2) に規定する団体若しくは会の構成員とアメリカ合衆国側の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的又は密接に連けいすること、という基準に該当するという米軍側の意見に対し、調達庁が調査したところ、抗告人は、昭和二十八年半ば頃から前記保安解雇協定第一条(a)項(2) に該当する破壊的団体の単位組織に加入し、以来東京都下ならびに神奈川県の一部において該団体の開催する各種会合に参加し、該団体の特定人物と常時密接に連絡していたことが、調達庁自身の調査によつて判明したため、調達庁は、米軍側の意見に同意し、ここに抗告人に対する解雇がなされたことが認められる。

抗告人は、本件抗告理由第一、第二において原決定の事実認定に誤があると攻撃しているけれども、本件記録に現われた一切の疎明資料によるも、本件保安解雇が、不当労働行為を偽装するためになされたものであり、また保安解雇の基準となつた事実が全くなかつたものであることの疎明があるものとはいい難い。

次に、抗告人は、本件解雇は、憲法第十九条、第二十一条、第十四条及び労働基準法第三条に違背し無効であると、主張しているので考えるに、駐留軍労務者は、米国軍の役務に従事する特殊の地位を有するものであつて、米国軍と日本政府との間には、「基本契約」並びにこれに附属する数多くの協定が結ばれており、駐留軍労務者は、右契約に基いて、日本国政府に雇傭せられているのであるから、駐留軍労務者は右の「基本契約」及びその附属協定の反射的効果を受けることとなるものというべきである。しかして日本国政府は、既に、「基本契約」第七条において、「米軍契約担当官が、契約者(日本国政府)が提供したある人物を引き続き雇用することが合衆国政府の利益に反すると認める場合には、即時その職を免じ、その雇用を終止する。この契約に従つて契約者(日本国政府)が提供した人物の雇用を終止するために、米軍契約担当官が行う決定は最終的のものとする」ことを契約し、右基本契約の「合衆国政府の利益に反すると認める場合」を、さらに明らかにするため「保安解雇協定」を締結したのであるから、右協定に基いて駐留軍労務者が解雇される場合、米軍側の裁定が最終となることは、まことに己むを得ないところである。しかして右「基本契約」の規定、並びに「保安解雇協定」は、米国軍の安全を守るために已むを得ないものと認められるのであつて、右は日本国の利益とも一致するものというべきである。従つて、右「基本契約」及び「保安解雇協定」が、憲法第十九条、第二十一条、第十四条及び労働基準法第三条の保障を侵害するものとは、いえない。抗告人の引用する諸規定が、米国軍が自己の安全を守るために、労務者の解雇を求める権利を制限するものでないことは、当然のことである。従つて、右「基本契約」並びに「保安解雇協定」に基いてなされた解雇が無効であるとする抗告人の主張は理由がない。

そうすれば、本件解雇の無効なことにつき、疎明がないものとして、抗告人の本件仮処分申請を却下した原決定は正当である。

しかのみならず、抗告人は現に就職していることは、抗告人に対する審尋の結果によつて明らかであるから、抗告人が駐留軍労務者である仮の地位を定める必要も認められない。

それ故、本件仮の地位を定める仮処分の申請は、全く理由がないものというべく、本抗告は理由がないものとして、これを棄却すべく主文のとおり決定する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 沖野威)

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